記事:山本美恵子
『へそもち』(渡辺茂男/作、赤羽末吉/絵、福音館書店、1980年)という絵本があります。雲の上にすんでいるかみなりが、雨を降らせるだけでなく、家や高い木に飛び降りてきては、へそをとって人間を困らせるお話です。表紙には、へそが入ったかごをぶら下げて、凧にまたがるかみなりの姿が、ダイナミックに描かれています。
今から20年以上前、私が図書館員として働き始めた頃、高校の授業の一環で職場体験に来ていた男子生徒に、おはなし会での読み聞かせ用に、絵本を選んでもらっていました。なかなか決まらず、児童コーナーでうろうろしていた彼が突然、「懐かしい!」と言って棚から取り出し、笑顔で見せてくれたのがこの『へそもち』でした。話を聞くと、表紙を見た途端、「小さい頃、おばあちゃんに何度も読んでもらったこと、そしてそのたびに、表紙の凧と、おばあちゃんの顔が似ているなあ、と思いながら眺めていたのを思い出した」と言うのです。
それまで、「本はまったく読まない」「じゃんけんで負けたので、図書館にきた」と言いながら斜に構え、無口だった彼が、思い出の絵本を見つけ、今は亡きおばあちゃんのことを少し照れながら、嬉しそうに話してくれた時、私はとても胸が熱くなりました。おばあちゃんが蒔いた絵本の種が、高校生になった彼の心の中でしっかりと芽を出していたのです。
「練習してきてね」と絵本を貸出しましたが、家ではお母さまと久しぶりに、おばあちゃんの思い出話をして、練習につきあってくれたそうです。翌日、本番のおはなし会では、子どもたちの前で一生懸命に絵本を読んでくれました。今度は彼の手から、小さな子どもたちへ、絵本の種がつながっていくのを感じた瞬間でした。
小さい頃の絵本の記憶は、「作者やあらすじは忘れていても、誰に読んでもらったかはよく覚えている」ということも少なくありません。子どもたちにとって絵本の記憶は、それを読んでくれた人の言葉そのものであり、その声やぬくもりが幸福感と共に、子どもたちの心に深く刻まれるのだと教えられました。何十年も、何世代にもわたって読み継がれ、記憶に残り続ける絵本の力を強く感じたこの出来事が、生涯絵本に携わっていこうと心に決めた、私の大切な出発点です。
